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【風の間に間に】論説委員・皿木喜久 浪花節で聴く「乃木将軍」(産経新聞)

 今月10日、「時局と乃木大将を大いに語る会」という少々長い名の集まりをのぞいてきた。

 ちなみに3月10日は明治38(1905)年、日露戦争の奉天大会戦で日本が勝利した日で、かつては陸軍記念日となっていた。乃木希典大将も第3軍司令官として勝利に貢献している。

 とはいえ、難しい乃木将軍論を闘わそうというのではない。西村真悟前衆院議員の講演の後は浪花節で聴く乃木将軍だった。今や実力ナンバーワンとされる関西の松浦四郎若師の「信州墓参」と、90歳の大ベテラン、五月一朗師による「伊勢参り」だ。

 待ってくれ、乃木将軍と浪花節とどんな関係があるのか、と疑問を持つ方も多いだろう。実は大ありなのである。

 浪曲評論家、芦川淳平さんによれば、浪花節が「娯楽の王者」として隆盛をきわめた明治時代末、最大のヒーローは赤穂浪士たちだった。それが大正になって、乃木希典に代わったのだそうだ。

 きっかけは明治天皇崩御後の乃木夫妻の「殉死」だった。その後日露戦争などに題材を求めた「遊女の旗」「信州墓参」などの「乃木もの」が人気を博していったのだそうだ。なぜ乃木将軍が国民の心をつかんだのだろうか。

 「信州墓参」では、信州松本の先祖の墓に詣でた乃木将軍が一人の老婦人と出会う。彼女は相手が乃木だと知らず「自分の息子が日露戦争で戦死、悲惨な目にあっている。悪いのは乃木という奴だ」と悪態をつく。

 しかし学校から帰ってきた孫から、将軍の息子2人も戦死したことを教えられる。そのうえ相手が当の乃木将軍であることを知り、平謝りする。将軍は逆に彼女を慰め、靖国神社に参拝できるよう東京の自宅へ招待するのだ。

 乃木は日露戦争では日本軍の死活を握る旅順の二〇三高地攻略戦の指揮をとった。だが陥落に約4カ月を要したうえ、5万人を超える死傷者を出し、国内から批判を浴びた。後に「凡将」とさえ言われたこともあった。

 それでも国民は、乃木を「神さま」とした。二〇三高地が想像以上に難攻不落だったことがわかった。しかも乃木は最愛の息子2人を戦死させるという自己犠牲を払っていた。さらに浪花節では、誠実、清廉、謙虚といった乃木の人物を示すエピソードが語られる。国民はそんな乃木に共感し、幾多の犠牲を強いられた過ぎし戦の悲しみをいやされたのだろう。

 戦後「乃木将軍」は軍国主義批判のもとに国民の目から遠ざけられた。浪花節そのものが人気を失ったこともあるが、浪曲師によって語られる機会もほとんどなくなった。だがこのまま、抹殺してしまっていいとは思えない。

 福田恆存氏は『乃木将軍と旅順攻略戦』という論考で、乃木を近代日本の弱さ、旅順の強固な要塞(ようさい)をヨーロッパ列強の象徴とみた。そして、その弱さを振りかざしながら戦った者を「いとおしむ」気持ちを訴えた。

 それから100年以上たった日本がそんな「弱さ」を克服したとは言えない。その中で、国民にある程度の我慢を強いてでも、厳しい国際社会で生きていくには、国民の前で自己犠牲をいとわず、清廉や潔癖、謙虚さを貫くことのできる指導者が必要なのだ。

 カネや権力にあくまで固執し、私腹を肥やすことに汲々(きゅうきゅう)としているような政権のトップたちが、その対極に位置していることは言うまでもない。

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